生物の多様性とは?

@ 構造的な側面

  当サイトは生物の多様性を啓蒙しているのだそうです(なんちゅー難しいコトバだ・・・)。
  ぼくの当初の制作意図は、正直言って、そーゆーコトではなかったのですが、 イキオイそんな風に出来上がっていってしまったのでしょう。 どうもぼくには網羅的にデータを管理する習性があるみたいですが、 そのせいで、着手していながらいつまで経ってもまとめ切れていないものが、多々あり ・・・ orz
  なんにせよ、そう指摘されたからには、どこかで説明しておくのが親切設計というものでしょう。

  「多様性」、「生物の多様性」、「種多様性」…最近よく見るキーワードです。 「多様性」というコトバの一番単純な理解は、生物の種類がいかに多いか、ということでいいと思います (ここはあえて種類と書きます)。
  一般的には多様性が高いほど良くて、多様性が低いのはよろしくないことになっているみたいです。 でも、この判断基準が万能だとは思えません。というのは、 たとえば南極や砂漠は熱帯雨林よりも陸上動植物の多様性が低いのですが、 だからといってダメとかいうワケじゃありません。 南極にも、砂漠にも、熱帯雨林には住んでいない種類の生物が生息しているんですから。

  このサイトのテーマに沿って、もうちょっと特殊なケースをふたつご紹介しましょう。

  海には潮間帯というエリアがあります。潮の満ち引きに応じて、 海中になったり陸上になったりする部分のことです。 海面から高い位置ほど陸上の乾いた空気にさらされる時間が長く、 低い位置ほど海水に浸かる時間が長くなります。海の生物にとっては重要な問題です。 呼吸やエサをとる活動時間を限定する要因になるからです。 体を乾燥から守るための構造も必要になります。
  タマキビという小さな巻貝は、 この条件によく適応した種類で、潮間帯の最も高い位置に生息環境を定めています。 条件的には厳しい場所ですが、捕食者に襲われる心配は少ないうえ、 資源の少ないエサですけれど自分たちで独占できるというわけです (ラファエリ & ホーキンズ 1996 など)。
  ほんの1mか2m低い位置には、何十、何百種にも及ぶ生物が生息しているのに対して、 タマキビ類はほとんど1種で厳しい環境を独占しており、極端に多様性が低い生物相を作っています。

  もうひとつのケースは海の中です。
  海水は様々な金属と有機物が溶け合った栄養豊かなスープですが、酸素の供給が絶たれると、 多くの生命にとっては非常に危険な硫化物が生成されます。 海底の泥の中にこの化合物が溜まると真黒に変色し、 温泉の匂いに似た独特の強い臭気を放つようになります(新崎ら 1976, 沼田 風呂田 1997, 日本ベントス学会 2003, etc.)。
  一般的に、冬の海は、海面が海中よりも冷やされるために対流が起こり、 酸素を含んだ表層水が海底まで届くのですが、夏の海では海面温度が最も高くなるため対流が滞り、 異なる温度の海水が層状になります。夏季成層という現象です。 これにより、酸素を含んだ海水が海底に届かなくなります。
  そこで、海中の流れがさえぎられる様な形状の港湾の奥部では、夏季、 海底付近の酸素が著しく減少します。有機物の腐敗と、生成された硫化化合物とが酸素低下を促進し、 まったく無酸素の状況になることもあります。こうなるとすべての生物は死滅してしまい、 腐敗すら止まり(雑菌も活動できないので)、有機物は無機的に分解されるようになります。 東京湾の最奥部なんかが該当し、夏季死圏型内湾と呼ばれます。
  でも、この状態はあまり長くは続きません。ちょっとした気象の変化で海底まで酸素が届きます。
  まだまだほかの生物たちには厳しくても、短い期間でたっぷり余りある生息空間と分解された有機物を利用して、 爆発的に繁殖する動物がいます。こうした環境には環形動物門多毛綱の種が強いのですが、 なかでもスピオ科の Paraprionospio(ヨツバネスピオなんて呼ばれることもありますが、 複数種混ざった呼び方です; 玉井 1981, Yokoyama & Tamai 1981, 今島 1997, etc.) が圧倒的に増えます。ほとんどこの1種だけになることがあり、これもまた極端に多様性が低くなった状況です。

  このふたつのケース、成因は異なりますが見かけ上は似たような現象ですね。 どちらもほとんど単独の種が、他種が住むには厳しい環境を、独占しています。でも普通は、 タマキビの場合はごく自然な現象と捉えられ、一方、ヨツバネスピオの場合は、 何か不自然な現象と捉えられることが多いようです。 これはヨツバネスピオが有機汚濁の指標種とされていることに起因するものでしょう。 そのせいで短絡的に扱われてしまうのは、サダメですね。
  でも、硫化物が蓄積するのだって、ごくごく自然な現象なんですよ。 真黒な海底泥と強い臭気がそう思わせるのでしょうか。 干潟の泥を掘って、真っ黒だ、還元している、だから汚染された環境だ、 と考えるのは安直な気もします。もし何か問題があるとすれば、 東京湾をはじめとする都市港湾で、そのエリアが広すぎることじゃないのかな…。

30 September 2004, modified 20 October 2004; rewright 01 August 2016

  1. 新崎 盛敏, 堀越 増興 & 菊池 泰二 1976 海藻・ベントス. 東海大学出版会. pp.451.
  2. 今島 実, 1997 多毛類について. Sessile Organisms, 14(1): 21-29.
  3. 日本ベントス学会(編) 2003 海洋ベントスの生態学. 東海大学出版会. pp.459.
  4. 沼田 眞 & 風呂田 利夫(編) 1997 東京湾の生物誌. 築地書館. pp.411.
  5. ラファエリ, デイヴィッド & スティーブン ホーキンズ 1996, 朝倉 彰(訳) 1999 潮間帯の生態学 (2 volumes). 文一総合出版. pp.311+205.
  6. 玉井 恭一, 1981 西日本周辺海域に生息する Paraprionospio 属(多毛類:スピオ科)4 type の形態的特徴と分布について. Bull. Nansei Reg. Fish. Res. Lab., (13): 41-58.
  7. Yokoyama, Hisashi & Tamai kyoichi, 1981 Four forms of the genus Paraprionospio (Polychaeta: Spionidae) from Japan. Publ. Seto Mar. Biol. Lab., 16(4/6): 303-317.