物事にはいくつかの側面があり、その側面ごとに理由なり原因なりがある、 といくつかの良書が述べています。それに従って、 ぼくも多様性という言葉をいくつかの側面に分解してみています。
まずはズバリ、多様性が高いと緩衝効果があります。
ある生態系のある栄養段階にいる種が、何らかの理由で死滅したとき、
他に代わるものがいなければ生態系全体に影響が及びますが、
もしなにか他の種が代わりの役目を果たせば、
その生態系全体が受ける影響は小さくてすむかもしれません。
…う〜〜ん、これじゃなんだか抽象的ですね。
2004年、日本海でマイワシの資源が極端に減少し、漁業関係者を困らせる事態に陥りました。
安定した漁業を営むためには、思い切って何年か禁漁にして資源の回復を図るべきなのかもしれませんが、
生活のかかった漁業従事者にはそうも言っておれない事態になってしまったようです。
コンテンツアップした2004年秋以来、マイワシの価格高騰が断続的に続いていて、
ネット検索するとマイワシが高級魚になった、なんて見出しも出てきます。
では海の中はどうなんでしょう。
マイワシはプランクトンを食べて育ち、もっと大型の魚類のエサになる、という栄養段階の中間あたりにいます。
もともとの資源量が大きな生物だから、この種が減少したら、
他の生物にも大いに影響を及ぼすことになりそうな気がします。
ところが ――あまり正確な情報ではありませんが――、カタクチイワシというヒトにとっては利用価値の低い魚がいて、
これの資源量が多いため、マイワシ自体は生態系そのものにそう大きなインパクトになっていない、
というのが当時大方の見解のようでした。
それからもうひとつ。
熱帯から亜熱帯の浅海域には、数百〜数千種のサンゴが礁を形成していて、多くの生物の生息環境となっています。
こうした海域は紫外線の照射が厳しいために有機物の分解が早く、あまり栄養豊かな条件ではないのですが、
サンゴ礁周辺には熱帯雨林にもヒケをとらない多様性があるといわれます。
ところで、地球温暖化の影響でサンゴの白化現象が起き、世界各地でサンゴ礁が失われ始めたのが1990年代です。
ぼく自身にも経験がありますが、1997年5月のモルジブに結構残っていたサンゴ礁も、
翌々年暮れにはすっかり見る影もなくなっていたというような有様でした。
サンゴ礁はそれ自体が多くの生物の生息空間になります。複雑に絡み合った枝と枝の隙間、
何層にも重なり合った中間層、サンゴの骨格に穴を開けて住むものもいますし、サンゴを食べるものもいます。
白化したサンゴ礁でぼくが見たものは、モンガラカワハギやチョウチョウウオの仲間がバリバリと音を立てて
サンゴの枝を噛み砕く姿でした。サンゴにはもう再生産能力が残っていないので、がれきの山になるばかりです。
遊泳能力の高い魚類はエサを求めて島伝いに他のサンゴ礁へ移っていくのでしょうけれど、
そうじゃない底生生物は死滅するばかりでしょう。どこか近くに生き残ったものがいれば、
それらが母体となって将来回復するかもしれませんが、
そのまま地球上から絶滅してしまった種だっていたかもしれません。
と、いうように、生態系の底辺付近を構成する生物グループにダメージがあると、 生態系そのものが破壊されてしまうことがよく知られています。サンゴの場合は、 マイワシの例とは逆に、代わるものがいなかったため、影響が全体に及んでしまった典型的なケースだと思います。 サンゴは種の多様性は非常に高いのですが、みな同じ生態的地位にいて、それをサンゴ類でほぼ独占しているという、 大きな分類で見ると多様性が低い状況である、とも言えそうです。
地球上の人口は70億を超え、いくつもある心配事のうちでも食糧問題はかなり重大事になりそうです。
地上の耕地化ではすでに足りないことがわかっています。
まだヒトが利用していない海洋資源しか打つ手はない様にも言われています。
その海洋資源のひとつがナンキョクオキアミで、すでに南氷洋で採取され始め、
加工食品として流通しつつあります(奥谷 1994
)。
文献によっては無尽蔵の資源量なんて書いてあったりもします。でも、実際どうなんでしょう?
ナンキョクオキアミは多くの鯨類のエサになっていることがわかっていますから、
ヒトが大量に漁獲すれば、エサが足りなくなるクジラも出てくるんじゃないでしょうか…?
マイワシのケースとなるか、サンゴのケースとなるか、注意深く見守っていきたい情報のひとつです。
30 Sep 2004, 20 Oct 2004, 14 Aug 2006; rewright 01 Aug 2016
奥谷 喬司(編) 1994水産無脊椎動物,II. 恒星社厚生閣. pp.357.