塩分

salinity

  海水はだいたい3〜4%の濃度の塩分を含んでいて、1リットル当たり30〜40gの食塩に相当します (厳密には1kgの水に対して塩類30〜40g)。
  これは世界各地の海でほぼ安定した値となっていて、太平洋黒潮域は3.5%程度です。 これをぼくの大学生時代は「塩分 35‰」または「salinity 35‰」という言い方をしましたが、 1997年頃からは国際的な取り決めとして単位を用いないことになり、単に「塩分 35」などと言うようになりました。
  南太平洋では塩分36前後、大西洋では37強、地中海では38にもなります。 日本海はやや低くて32-33、大きな河川が流入する東京湾、伊勢湾、大阪湾などでは湾央部で30前後、 湾奥では25を切ることもあります(Lalli & Parsons 1997, 沼田・風呂田 1997, etc.)。

  塩分とは様々な無機塩類の総称で、海水中ではイオン化しています。そのうち最も量が多いのは塩素 Cl- とナトリウム Na+ で、塩分の85%以上を占めます(Lalli & Parsons 1997, etc.)。 いわずと知れた食塩の成分です。このほかにニガリ成分や微量ながら貴金属や放射性元素なども含まれています。

保存性成分 35.1g 中 
(g)
 20℃のとき 36.0g 中
(g)
Na10.7711.10
Mg1.301.33
Ca0.4090.42
K0.3880.39
Sr0.0100.01
Cl19.3719.80
SO42.712.76
Br0.0650.066
H2BO30.0260.026

  これらの塩分は、生物の体内で浸透圧の調整などに使われます。塩素自体は有害な物質で発がん性があったり、 強い毒性をもった化合物をつくったりもするのですが、人体では胃酸(塩酸 HCl)の材料にもなっています。 塩分の過剰摂取は高血圧などの原因になると言われますが、塩分の不足も様々な症状を引き起こすようです (桜井 1997, etc.)。
  淡水にすむ生物が海水中では生きられない、またはその逆のケースがよく知られていると思いますが、 体の構造上浸透圧の調整ができない、または余分な塩分を排出できないためです。 そうかと思うと、サケ科の魚類などのように海を生活の場とする一方で産卵のため川を遡上したり、 ウナギのように幼生期を海で過ごすものもいます。ヒトも余分な塩分を排出できるようになっていれば、 何の苦労もないのですが・・・。

  東京湾、伊勢湾、大阪湾などのように、大きな河川が流入する湾では、海水と淡水の混ざった汽水域ができます。 海水は塩分を含むため淡水より重く、河口域では海水層の上に淡水層がかぶさった状態になることがありますが、 このとき淡水中に溶け込んだ有機物が海水の影響で飽和しきれなくなり、海底に沈むようになります。
  このため、河川の流入する内湾は栄養豊かな漁場となりました。たとえば伊勢湾なら桑名のハマグリが有名です。 江戸前の食材としても、または大阪湾でも、カキ、アサリ、ハマグリ、アミ、シャコ、クルマエビ、ワタリガニ、 ハゼ、スズキ、アナゴ、ハモ、アサクサノリなどの食材は内湾汽水域特有のものです。
  日本の大きな都市がみんな湾奥に位置しているのは、こうした生物の生産と、物流の利便性と、 それから食塩の生産に強く関連していたのだと思われます。

  海の生き物を日常的に扱っていると、塩分の高い外海の生物と、 塩分の低い汽水域の生物とは深く考えもせずに識別するようになります。 毎年同じ場所で取っているサンプルでも出現種が変わったりして、今年は塩分が低いみたいだなぁ、 という想像がついたりもします。そういえば台風が多かったっけ、とか、梅雨が長引いたっけ、 などと考えたりもします。
  そうそう。
  ここ10年くらいの間のことで言えば、どうも東京湾の低塩分域が広がっているような気がします。 裏づけになるデータはもっていませんけれど、まさに出現生物が少しずつ変化しているのです。 仕事で見ているエリアもそうだし、個人的にたまに観察していた場所もそうでした。 あるサイトでは研究ターゲットが採集できなくなってしまいました。
  もしかしたら、海岸地形を大幅に変えたことで、外海とのじゅうぶんな海水交換が行われなくなってきているのかもしれません。 もしそうなら、昭和中ごろのように、またヘドロの堆積が増えて行くんじゃないか、なんて想像もしちゃいます><

01 March 2007; rewright 01 August 2016

  1. Lalli, Carol M. & Timothy R. Parsons 1997, 關 文威(監訳) 生物海洋学入門 第2版. 講談社サイエンティフィク. pp.242.
  2. 沼田 眞 & 風呂田 利夫(編) 1997 東京湾の生物誌. 築地書館. pp.411.
  3. 桜井 弘 1997 元素111の新知識. 講談社. pp.431+28.