生物群集は絶えず変化します。
近所に何年も手つかずの空き地でもあれば、その日々の変化を目の当たりにする機会もあるでしょう。
でも海底はそうはいきません。継続して同じ海を観察できるのは、特定の人に限られてしまいます。
内容によっては月に一度とか四半期に一度、といったペースのダイバー作業も可能かもしれませんが、
たぶん主に予算上の都合、あるいは時季的な制約(たとえば春の大潮、特定種の繁殖期)、
などによる年1回の調査のみなんてケースも多々あります。
ところが、特定の事業主の場合、変化を好まない、なんてことがあるようです。
非常にしばしば、何年も継続したアセスのデータにほとんど生物相の変化のないものがあります。
出現種数やその組成に加えて、個体数の比率(優占種の変動)、同一種の平均湿重量(級群組成、コホート)、
などで変化が乏しかったり、変化の割合がほぼ一定だったりしたら、
過去データの流用か、ねつ造されたものに違いないなんて勘ぐってしまいます。
事業主 ⇒ 元請け業者 ⇒ 下請け業者 ⇒ フリーランサー、という生態ピラミッドではしばしば圧力的に、
「過去データに合わせろ」というデータの操作を指示してくることがあります。
ぼくは不正に加担したくないのでw 約束していた下半期の仕事を一方的にキャンセルされたり、
支払いがなされなかったりなんてこともよくあります。まったく、ろくでもないブラック業界です ^^;
藻場造成事業のほとんどが、藻場は水産上有用種のナーサリーゾーンだという思想に基づきます。
ぼくはこれを常々疑わしいと思ってきました(過去にいくつも手がけてきましたが)。
もし本当なら、日本各地で藻場造成が行われてきたにも関わらず、
そこいら中で海藻も生えないコンクリート礁だらけになったりしないはずです。
サカナもたくさん獲れて漁師さんたちは万々歳、
ぼくらも日常的においしい魚介類を安く入手できるはずです。
きっと何か決定的な見落としがあるんです。漁獲圧が高すぎる、とかそういった類のことではなくて。
もっと根本的なことです。
藻場造成で対象とされるガラモ類と呼ばれる大型褐藻類(コンブ科、ホンダワラ科など)は、
光合成をおこなう二次植物です。本来の意味の植物ではありませんが生産者であることは確かです。
多年生ではありますが周年藻体を維持するわけではなく、繁茂期を過ぎれば体のほとんどは脱落し、
大量に流失して、周辺への有機負荷になります。陸上生態系では土壌を肥沃にするリターですが、
海域で大量に発生した有機物は、底層の水塊を貧酸素から無酸素状態にし、
海水中の硫酸と金属が結合した塩類を生成しやすくします。強内湾域でよく知られた化学反応です。
一時的に大発生する海藻リターは、外海域でのネフロイドレイヤー形成の原因になっているかもしれません
(というか、たぶんそうだと思います)。
藻場は資源量が季節的に大きく変化する点で、陸上生態系の草本類と変わりません。ですが、
藻場に形成される生物群集は、陸上生態系のような 草食者 > 肉食者 のようなバランスにはなり得ません。
藻食者と同等か、それ以上のものが別の、もっと潤沢で安定した資源を利用しています。
海水中に懸濁した、または海底に堆積した有機物粒子です。
とくに懸濁粒子の存在こそが陸上生態系と異なる点で、ろ過食という栄養段階を占める種数が圧倒的です。
アメフラシ類などの藻食者は、陸上の昆虫類が食草の生活周期にマッチしているように、
海藻の資源量に同調した生活史を持っています。同様に、小型甲殻類も個体群の規模を変動させています。
一方、藻場やその周辺には堆積物や懸濁物を利用する多くの種が、周年個体群の規模を維持していますが、
内在性種 endofauna だったり、付着性の二枚貝でも表面を他の生物に覆われていたりして、
物理的、精神的(思想的?)な理由で観察者の目に映らないため過小評価されています。
裸地が草原になり、低木が生え、やがて雑木林になっていく過程が、緯度にもよるけど数年から十数年。
海底ではそのスパンでどんなことが起こっているのでしょう??
あいにく、ぼくはそういった研究事例を広くは知りません。藻場造成事業に関連して、
ホンダワラ類海藻がどのように遷移する、とか、せいぜいそのあたりどまりです><
多くの研究者が単年度かせいぜい数ヶ年の枠しかもらえないでしょうから、仕方ありませんよね。
特定のフィールドで何年も継続した観察を行うなんて、夢のまた夢です。
ところで、多様性の高い生物群集を構成するものは、海藻類に限った話ではありません。
とくに経年的に個体なり個体群を維持できるものは、低緯度帯のサンゴ礁、高緯度帯ならカイメン類、
ソフトコーラル、カキやイガイなど固着性の軟体類、管棲多毛類、コケムシ類、ホヤ類など。
共生藻による光合成産物を利用するものもありますが、ろ過食者も多いですね。
なにより、海藻のような季節消長がなく、何年も、ことによると何十年も、個体や群体や個体群を維持します。
これまで手掛けた中にいくつか、数ヶ年継続観察した業務があったんですが(多い時期は月に2〜3回)、
新規基盤の投入から初期の遷移は、汚損生物の加入過程でよく知られている通り。
ヒドロ虫やフジツボなんかが真っ先に着いて、それから海藻類やほかの無脊椎動物が加入してきました。
詳述できませんが、海藻類が卓越しやすい条件と、そうでない条件とは、はっきり分かれると考えられます。
付着性のものに限りません。砂泥海底でも同様です。
滞留しやすい場所にはそうした環境を好むものがすみ、
流動が大きな場所にはそうした環境を好むものがすみます。
流動が大きな場所ほど堆積有機物が少なくなって、群集規模も小さくなりますが、
タケフシゴカイ科など管棲多毛類が密集すると、二次性の群集が形成されて多様性が顕著に増大します。
微視的には集中分布に見えるパッチとなり、その規模や安定性は不明ですが、
海域全体ではそうしたパッチが機会分布的に散在すると思われます。
船上から複数回採泥器を下ろして採集して、何回中何回ヒットするか。100%ということは決してないでしょう。
ここからはちょっとやそっとじゃ検証できそうにない、勝手な想像です。
生物群集が極相に向かう遷移の過程に常にあるとしたら、海藻類の卓越した状況はその初期の一過程に過ぎません。
低緯度域ではやがてサンゴ礁に置き換わるでしょうし、高緯度域ではほかの無脊椎動物の巨大種が増えるでしょう。
これらは何年もかけて少しずつ成長し、海藻をはじめとする初期の加入生物を徐々に排除して、付着面を占めます。
また、複雑に入り組んだトポロジー空間を形成して、二次性群集の "住み込み" も見込まれます。
どこからどこまでを共生種とみなすか難しいところだと思いますが、相互関係の深いものも少なくないでしょう
(その関係性を数値化できたら面白いでしょうねw)。
平面的にはこういったもの複数種が機会的に分布し、個々に成長していきます。
藻場の主要構成種(下生え海藻を除いたもの)は数種〜数十種でしょうか?
ここで想定する無脊椎動物リーフの構成種は数十種〜数百種ですが、
あくまでも一海域におけるもの、という前提です。これらに個々の二次性種が加入して、
ある海域のごく限定的なエリア内に数千〜数万種に及ぶ生物群集が形成されると考えています。
1/20〜1/10 m2 のコドラートでは何十枠、何百枠と採集しても、
そのすべてを検出することは到底叶わないでしょう。
江戸時代以前の東京湾内湾にも、こうした生物群集が形成されていた、とぼくは考えています。
縄文海進で相模湾のソースがどっと入ってきたことは疑う余地もないし、化石という物的証拠もありますね。
縄文時代のヒトたちは、昭和〜平成を生きたぼくたちより、はるかに豊かな食生活だったかもしれませんよね??
日本人は文明を得て以来、国内外に戦火を交え、自然の脅威を滅ぼすとともに、
水産上の有用種、経済的に価値のあるもの、狭い視野で判断したそんなものばかりを増産しようとしてきました。
変化を好まないお役所仕事でも、さすがにもうごまかしきれないはずです。
結局、すべてを失ったのが今の東京湾の姿ではないか、そんな風に思うのです。
国立科学博物館(編) 2007相模湾動物誌. 東海大学出版会. pp.212.