ある同業者から、ずいぶん前に聞いた話です。
とある外海に面した海域のベントス分析結果を提出したところ、
「こんなものがいるはずがない」と委員の先生にダメ出しされたとのこと。
自分でサンプルを見たわけでもないのに、浅い知識で他人を批判する。
いますね。こういうヒト。研究者に限らず、どこにでも。
で、この時のデータに出現してたのが、いわゆる内湾域の指標種だったそうです。
日本各地の波当たりの強い侵食傾向の海岸では、規模はまちまちですが潮間帯がテラス状に、
その外縁の磯根がバリアリーフ状になります。
バリアリーフは波に削られて、ほぼまっすぐに立ち上がり、その根元は深く洗掘されます。
岩ガキやイガイがびっしり付くので、土地の漁師さんたちならよく知っている地形ですし、
夏場の波の穏やかな日に実際に潜ってみれば、誰の目にも明らかな事実です。
この洗掘部には海藻や陸上植物の破片とかがたまりやすく、夏場の高水温時には、
底層が無酸素化してネフロイド層が形成されやすくなります。
ネフロイド層は有機負荷の大きな内湾域に限らず、局所的に無酸素化すれば、
深海底や、熱帯サンゴ礁の浅海域などでも発生することがわかっています。
俗に、有機汚濁の指標種なんて呼ばれるものは、もともとこうした環境に生息していたのでしょう。
東京湾や大阪湾では貧酸素や硫化物への耐性の強いものが残って、他は駆逐されてしまいましたが、
外海に面した場所では、局所的にこうしたものが生息できる環境があるのだろうと想像できます。
有機汚濁の指標種という考え方は、化学的な分析が高価だった時代の産物ですね。
同定の容易な生物で環境を評価しようというコンセプトのもと、
海域では1950年代後半から盛んに生物調査が行われています。
この前時代的な考えが根強く残っているので、冒頭のエピソードのようなことが起きるのだと思います。
いや、でも、そもそも、この考えを主導した論文の数々、今ほとんどまったく評価されてないですよね。
多様性の検討もじゅうぶんではないし(当時PCがなかったことを考えると無理ないですけど)。
なんでこのコンセプトだけ、こうもしぶとく世に蔓延ってしまったのでしょう??
溶存酸素も塩分も、フィールドで観測するのが常法になりました。観測機器も格段に性能アップして、 直読式もメモリー式も、何より扱いやすくなっています。 わざわざサンプルを持ち帰って硝酸銀やチオ硫酸ナトリウムで滴定することもありません。
その一方で、生物の同定は年々難度が高くなっていると思います。
それまで1種だと思われていたものが複数種に分けられたり
(ヨツバネスピオ、エビジャコ、ケフサイソガニなど)、
複数種混在するとわかっていても記載されていなかったり(ミズヒキゴカイ、コノハエビなど)、
属レベル、科レベルの見直しがあって、それまでの検索表が役に立たなくなってしまったり
(海綿動物、刺胞動物、扁形動物、紐形動物、環形動物、節足動物、棘皮動物など)。
だいたいそもそも、アセス関連の業者さんは「上で止めれば安全」とか言って種まで同定しません。
その主張がどこまで正しいかは一切検討されていないと思いますが、過去50年余り、
生物の分類がことごとく変遷をたどっている実態を見れば、ナントカ目やナントカ科で止めたデータが、
統計学的にも分類学的にも信用できないのは明らかです。
こんな実態を進めてしまった背景には行政にも責任がありそうです。必要最低限の予算すら捻出させず、
ただ安価なものを求める姿勢が何よりもアピールされていると思います。
ありとあらゆる分野で、こういった姿勢が強調されているからこそ、好景気感が出せないんじゃないかなぁ。
横道にそれちゃったな〜 orz
また別の同業者の言です。解剖して同定するだけの余裕はないので、採集された地域や環境や、指標性から種名を判断する、
と言うんです。
もう本末転倒です。このデータをもとに指標性云々の報告は書けませんよね><