日本周辺の海流のうち最も勢力が強く、北太平洋を時計回りに循環する流れのうち、 フィリピン東方沖から沖縄を経て本州南西部へ至るのが黒潮 The Kuroshio (または Kuroshio Current)です。銚子沖くらいで本州から離れて、 三陸沖あたりで太平洋中部域へと向います。
黒潮にはふたつのルート(大蛇行流路と非大蛇行流路)がある、というのが定番でしたが
(Wikipedia 日本語版
など)、非大蛇行流路を非大蛇行接岸流路と
非大蛇行離岸流路に分けて3つのルートを取る(気象庁サイト
)という観測結果もあります
(2013年頃 7ルートくらいに区分していましたが、2016年現在 3ルートに整理されています)。
黒潮が巨大な流体で、日本列島にぶつかることで生じる乱流が黒潮ルートの変動なのだとしたら、
もっと頻繁にルートが変わっても、というかもっと小刻みに変動してもおかしくない気がします。
現在は公開されていない様なのですが、毎日の観測結果をアニメーション化して見ることができて
(海上保安庁
)、まさにそんな着想を得ました。また公開してくれないかなぁ。
非大蛇行離岸流路は伊豆諸島に沿って房総半島に当たるルートで、
ここ数年このルートを取る状況が多かったせいか、伊豆大島や外房で、
図鑑類の分布情報に合致しない種を、けっこうたくさん見つけることができました
(いや、伊豆大島は人任せなんですが ^^;)。
また、大蛇行流路では伊豆半島にぶつかることもあり、土肥の小下田漁港内で
マダラミズヒキ
を見つけています。その後しばらく、黒潮はこのルートを外れているから、
もう土肥に行ってもマダラミズヒキは見つけられないかもしれません
(それに本来の habitat じゃないような気がします)。
同様に、ミズヒキゴカイ科の Cirriformia comosa (Marenzeller 1879) を
黒潮による南方系の無効分散個体が採集されたものという仮定でこれまで探してきましたが、
どうも見当違いだったかもしれません。なんせ、まったく見つけることができません><
黒潮流速は流心付近で最大4ノット、縁の方でも1〜2ノット(≒ 1.85〜7.4km/h,1 knot =1.852km/h)、
ということなので、たとえばフィリピンのルソン島付近から沖縄まで 800〜1000km として、
最大20日前後、早ければ1週間かからずに(4〜5日で)大量の水塊が運ばれてくることになりますね。
ちなみに1ノット(1.852km)の小数点以下の覚え方は、テンキーの真ん中の列を上から順に押すだけ。
ニ世代くらい前だと語呂合わせ的な覚え方があったらしいのですが、今どき筆算はあり得ません
(とか言って、ぼくの学生時代は関数電卓でしたがw ポケコンすら持ってなかったww)。
2013年頃伊豆大島で Polydorella dawydoffi
が発見されましたが、それまではルソン島の南に位置するミンドロ島が北限記録と思われます。
伊豆大島まで地図上の直線距離でざっくり3000kmなので、17〜67日くらいの浮遊期間があれば、
じゅうぶん到達可能です。これまでに中間地点で見つかっていなかったというだけのことなら、
さらに自然分散の可能性が高まりますね。このスピオ科多毛類の場合、浮遊幼生期が仮に短くても、
海綿の破片と一緒に運ばれてくる、なんて可能性もあるかもしれません
(浮遊幼生よりはるかに到達の可能性は低まりますけれど)。
それでもなお、人為的な移入である可能性を排除しきれません。
バラスト水由来の移入種は大型港湾に限られていましたが、条約以降、東京湾に入港する船舶は、
相模湾でバラスト水の交換をしているかもしれませんよね(離岸距離はともかく、水深はじゅうぶん)。
サキグロタマツメタは温暖化に伴って北上した、
というよりは、アサリとともに持ち込まれたものが増えた、と考えたくなります。
本来の生息域から飛び離れた場所に突然現れたら、自然分散よりは、人為的な移入を疑うべきなのかも。
つくづく「温暖化」は危険なキーワードですね ><
トビハゼやチクゼンハゼのような例もありますし,ホムラトラギス,ホソウケグチヒイラギ,
シロガネアイノコイワシ,ユキフリソデウオ,ダイオウイカなど熱帯域からの自然分散と考えられる
鹿児島湾からの報告(松沼ら 2017
)もあったりしますから,軽率な判断はできませんけれど ^^;
ひところ、本州中部域でのダイビングでは死滅回遊魚という言葉がよく使われていました。
1990年代後半〜2000年代に出版されたウミウシ類のガイドブックにも転用されています。
恩師小坂昌也教授に曰く、death migration の直訳だったそうですが、
そもそも migration を用いることが不適切で、
無効分散が相応しいだろうというゼミでのお話を思い出したりもします。
この場合の輸送手段は黒潮に限らず、台風も一役買っているなんて言われています。
毎年多数種が熱帯域から本州へ到達し、越冬できずに死んでいくことはよく知られていますが、
その全貌は明らかにされていません。
Polydorella dawydoffi もそんな事例のひとつだろうと、当初はタカをくくっていました。
報告から丸2年が経ちます。消失したのはハネハリカイメンだけではないかもしれません。
生物の分散のほかに、地球規模の熱循環機能も果たす黒潮ですが、 日本の気候が年によって暖冬だったり冷夏だったり、なんてことには エルニーニョやダイポールモードといった、大気と海洋の相互作用も働いています。 そうなると、国内での生物の分布が年によって変動するのも、 さも当然てな気分になりますね。
風呂田 利夫 & 多留 聖典 2016干潟生物観察図鑑. 誠文堂新光社. pp.159.
松沼 瑞樹, 山田 守彦 & 本村 浩之 2017鹿児島県内之浦湾から得られたトラギス科ホムラトラギス Parapercis randalli の分布北限および成長にともなう形態変化. 日本生物地理学会会報, 71: 15-24.
Williams, Jason D. 2004Reproduction and morphology of Polydorella (Polychaeta: Spionidae), including the description of a new species from the Philippines. Journal of Natural History, 38: 1339-1358.
山田 一之 2013日本産 Timarete Kinberg 1866(ミズヒキゴカイ科:多毛類)と 西伊豆から採集されたマダラミズヒキ T. punctata (Grube 1859). 日本生物地理学会会報, 68: 135-137.
山田 一之 & 星野 修 2014伊豆大島のハネハリカイメンを衰退させたスピオ科多毛類 Polydorella dawydoffi Radashevsky 1996. 日本生物地理学会会報, 69: 189-191.