東京大学の茅根研では1995年から小櫃川河口干潟と葛西海浜公園東渚をフィールドにして, 東京湾内の生態系の変遷を辿ってきました. この実習では地形の測量と生物観察を行い,採集標本の計測結果をもとに母集団を推定したり, 干潟の浄化能力を推定したりしています. また,付加される有機物を人為的に処理したらいくらかかるか,水産物の年間生産量, レクリエーションやその他のインフラなど,想定されるもろもろのパラメータから 東京湾が喪失した生態系の費用を大雑把に見積もっています.
さて.
やまだの個人的見解に過ぎませんが,生態系の維持に最適なことはヒトが関わらないこと,
だと常々考えています.慶良間諸島では一定期間ダイバーを入れないエリアを作るそうです.
秋田県でハタハタ資源が回復したのも長期間禁漁にした成果です.
定期的な管理を行う観光資源の場合では,
例えば湿地は草原化する方向に遷移すると考えられているので,
本来あるべき姿というよりは利用者の理想像を維持するためにエネルギーが割かれていると思います.
小櫃川河口干潟の後背湿地はすっかり草原化して低木も生えていますから,その点はまさに教科書通りです.
実は,造成から30年余を経た葛西海浜公園の東渚にも,鳥が種を運んだのか低木が生えています.
小櫃干潟とは規模が全然違いますが,それでも植物は加入が速いしタフですね.
結局のトコ湿地を維持しようと思ったらしょっちゅう気にして間引いたりしないと,
すぐに雑木林になっちゃうというw お台場の人工島がそんな状態だったそうですが,
最近すっかり刈り込んで桜を植えちゃったそうです.これは自然の系というよりは,
人為的に管理された規模の大きな盆栽のようなものだと思います.
実習では小櫃の干潟は自然区で,葛西の東渚は人工区でという2極の対比という図式なわけですが,
実際にはもうちょっと複雑な要素が関係しています.
1998年の海洋学会春季大会ではかなり単純化して,塩分が支配的という内容になりましたけれど,
これは発表時間の枠に縛られたことと,ぼくの講演経験がそれまで皆無だったことが最大の要因 ^^;
この年に前後して小櫃の干潟では広範囲な潮干狩り場整備が行われて,
営巣性の生物のほか,アマモや
コアマモが一時的にほとんど観察されなくなりました.
そのダメージは思いのほか大きく,アサリや
ハマグリの放流種苗と共に持込まれた移入種が,
生息空地で一気に目立つ存在になったというシナリオを想定しています.
アサリ,バカガイ,
シオフキガイは2000年頃からどんどん密度を低下させ,
足の踏み場もないほどだったホソウミニナも同様です.
2014年以降はイボキサゴがすっかり代表種になっています.
観察測線はほぼ毎年同じ位置で(多少のブレはありますが),実習以外にも民間アセスなどで利用されるので,
この測線周辺だけ生物がかく乱を受けて減少したのではないか,
とはぼくが指導教官らに放ったジョークです(茅根さんは「そんなバカな」と)w
もう見る機会はないかと思っていたツボミガイを
2017-2018年と継続して観察できたので,今後のかく乱要因次第ですが,回復の兆しも見えるのかな,と.
どのみち個体密度は検出できない要因によって増減を繰り返すものでしょうし.
それはそれとして,観測線の直交方向にも定点を配置してみたい今日この頃です.
もうひとつの要素は抽出サンプルの検出力です.
干潟を移動しながらの目視観察と,定点の定量採集では 1/20m2 のコドラート採集を行っていますが,
小櫃干潟の総面積を考えると抽出サンプルがあまりにもプアです.実習という性格上やむを得ませんが,
この結果をもとに小櫃の全体像を語るのは厳しいかなとも感じます.
どれほど高密度の出現種でも干潟全域に均等分布しているとは考えにくいですから.
もっともそこは地質の研究室,干潟の断面測量の結果で帯状分布を視覚化できるので,
実習生らはイメージをつかみやすいようです.
「人が利用しない土地は無価値」とはバブル景気の頃の開発のお題目とでもいいますか,
ドラマやマンガに出てきそうなセリフです.検索するといろいろ出てくるけど,
ぼくもかつては economy ⇔ ecology てな対立図式を感じていました.
エコという言葉が産業界を席巻して以降はどうなんでしょう???
生態学とはかけ離れた使われ方している気もしなくはないのですが.
産業価値の高いものを優先した結果,現在の東京湾の姿に至った,
というのはぼくはどこか他所に書き散らしてます.
1990年代にさんざん営業部門とケンカして自分の業務を運営してきた経験に基づきます.
環境アセスメント調査を行うと,様々な水質底質調査の項目が数値化されて出てきます.水温,塩分,
濁度や透明度,色調,溶存酸素,大腸菌群数,窒素量,炭素量,クロロフィル量,BOD,COD,粒径,硫化物,強熱減量,etc.
どんな生物がすんでいるか,も環境を知る上での指標になりますが,これは二次的なこと.
本来こうしたデータと照らし合わせて検証すべきことであって,
生物データのみをもとに結論を先走ってはイケマセン.
生物は解剖学的な所見に基いて同定されるべきで,採集地点の特徴から判断されるのは本末転倒です.
これらの数値をあたかも健康診断結果のように,ある一定の範囲にあるかないか比べてみて,
健全かどうか,有機汚濁を受けているか,ほかに検出されるものがないか,チェックしていくわけです.
もちろん,健康診断同様,定期検診の結果だけでは判断つかない病気もあるわけで,
2000年頃小櫃に突然現れたイボキサゴや
2004年に新浜湖から報告されたスナモグリヤドリムシ,
2006年に小櫃の中潮帯域を覆いつくしたホトトギスガイ,
2007年に盤洲一帯から確認されたカイヤドリウミグモなんかが,
そうした特殊な事態と言えると思います.
そういえば,2015年はヤミヨキセワタの当たり年でした.
定点外だったけど,あれだけの個体数カウントしたのは後にも先にもあの一度切りです.
江戸時代からこっち,東京湾はさまざまな事情やら思想やらで原形をとどめないまでに環境改変され,
生物相もすっかり破壊されてしまいました.「死の海」なんて呼ばれた時期もあって,
その海底はすっかりヘドロに覆いつくされていたそうです.
かろうじて谷津干潟など周縁部の潮間帯にトビハゼなどの特殊な個体群が残されたのだと思います.
1990年代に古老とご一緒して海に出ると「これでも随分きれいになったんだよ」なんて言われたものでした.
もうその世代の方たちと現場に出る機会はなさそうですが,ぼくもこんな形でそれを伝えていくのかな.
とっていいのは写真だけ,残していいのは足跡だけ,なんてキャッチフレーズもあります.
ぼくは極力,採集標本も必要最低限と考えています.
先述のジョークじゃないけど,観察者がかく乱要因になってはイケマセン.
それでも,ヒトが壊した生態系を最低限度修復するのはヒトの責任かな,とも思います.
干潟造成が環境改善に効果があると持て囃されているようですが,本当でしょうか.
東京湾の海底はあまりに広く,抱える海水は膨大で,しかも常に有機物が供給されてきます.
海岸付近にちょぼちょぼ干潟を作ったところで,期待されるほどの影響力はまずなさそうです.
実際,葛西海浜公園の前置斜面でも水深 2m を超えたあたりから顕著に有機汚濁の影響が現れ,
実習でもホンビノスガイ,
シズクガイ,
チヨノハナガイなんかが採集されています.
もっと広範囲で生物相を回復させる必要があるでしょう.
赤潮プランクトンや有機物粒子を食物連鎖の中で消費して,系外へ運び出したり,
系内で循環させたり,ストックしたりなんて必要があります.
そのためには海底に生息する生物の多様性を,かつてそうだった水準まで高めなければなりません.
一体どれくらい?? 東京湾の内湾域全体で数万種を凌駕する可能性を検討しているところです.
具体的な手法としては,堆積軟泥を除去したり,赤潮を解消したり,海水交換を高めたり,
浚渫窪地を埋め戻したり,まだほかにもいろいろやることがあると思います.
これはちょっとやそっとじゃ実現できそうにないアイデアです.
事業規模もさることながら,どれほどの時間と費用を要することやら.
2016年に開通したボスポラス海峡を渡るユーラシアトンネル並み?
開催が間近に迫った東京オリンピック並み??
それとも,いよいよ実現が見えてきた軌道エレベータ級???
これらの事業費は対数軸上にほぼほぼ等間隔に並びますが,
TVCMでコンセプトを発表している清水建設の海上都市やドバイのパームアイランド,
それからスエズ運河やパナマ運河なんかの総工費も気になるところです.
それだけの費用をかけて東京湾を浄化して,果たして元が取れるのか? なんてことも.
そんな一大事業に着手する前に,もうちょっと穏やかな方法がありそうです.
が,それは別稿にて準備中,こちらの予算規模は本稿アイデアのたぶん1/100とか1/1000くらい???
そんなに強力な効果がありそうには思えませんのでアレですが,
試す価値はあると思うんですよね.求む大手スポンサー!!!!
さて,さて.
東京湾の生態系がもつ資産価値は,いかほどでしょうか.